エルフの森の夜は、今日格別の賑わいを見せていた。
女神祭の間、空には絶えず美しい花火が咲き乱れる。まさしく森の魔女ラルヴィの傑作だ。
そして、その花火と同じようにもう一つ、エルフの森の夜空に瞬くものがあった。
ただ、その存在は誰にも気づかれることなく、静かにそこに浮かび、そしてゆっくりと落下しながら、不吉な気配を撒き散らしている。
一羽の小鳥が夜空を横切った。その奇妙な光に惹かれ、走光性に駆られるまま光球へと飛んでいく…。
ジュッ
だが光球に触れるよりも早く、その周囲一メートルほどの位置に近づいただけで、小鳥は軽い音と共に灰と化した。
ただ、一枚の羽だけが、夜風に吹かれて、ひらひらと舞い落ちていった…。
♦
「馬鹿な！」
華美な銀葉の紋様が施された長袍を纏う長老が激しくテーブルを叩いて立ち上がった。白くなった髭は怒りに震え、その瞳には侮辱されたことへの怒りの炎が燃えている。
「エルフの森の結界は上古の時代より受け継がれてきた神の奇跡！ 貴様のような魔族の小細工で揺らぐものか！ 我々エルフ族には魔法に精通した賢者が掃いて捨てるほどいるのだぞ！ その程度の仕掛けを解くなど赤子の手をひねるより容易いわ！」
彼は高く頭を掲げ、シェリスを睥睨する。その古き血脈に由来する誇りが危機を前にして完全に燃え上がっていた。
「その通りだ！ この魔物にエルフの魔法の真の力を見せてやろう！ 行くぞ！」
別の貴族が即座に同調した。その声は興奮に上擦っている。彼は勢いよく立ち上がり、その動きで椅子が床を引っ掻き耳障りな摩擦音を立てた。他の数名の貴族も次々と席を立ち、その顔には軽んじられたことへの屈辱と一刻も早くこの場を脱したいという焦りが浮かび扉へと殺到していく。
十分という時間は確かに短い。だが今すぐここを出てエルフ族の大魔法使いに緊急の連絡を取ればまだ間に合わないこともない。
マータ公爵は動かなかった。ただ眉間の皺をさらに深くし、複雑な眼差しでシェリスを見つめている。彼女の顔に浮かぶあの有るか無きかの笑みが彼の胸中で氷の蔓のように、不安を増殖させていた。
先頭に立って駆け出した貴族が真鍮のドアノブを掴み力任せに引いた――
びくともしない。
彼は一瞬呆気に取られ、すぐさまさらに強い力で扉を引く。それどころか肩で分厚い樫の扉に激しく体当たりを敢行した。重く鈍い衝撃音がホールの中に響き渡るが、扉はまるで壁と一体化しているかのように、微動だにしない。後ろの者たちも扉を押す列に加わり、扉を叩きながら信じがたいという慌てふためいた様子で叫び始めた。
「衛兵！ 開けろ！ 外の者はどうした！？」
「どうなっている！？ 扉が固く閉ざされているぞ！」
「誰か来てくれ！ 中で大変なことが！」
しかし、扉の外は死んだように静かだった。普段ならよく訓練され、常に警戒を怠らないはずの巡回衛兵が今この瞬間、まるで集団で聴覚と視覚を失ってしまったかのようだ。扉の内側で巻き起こるこの大きな物音に何の反応も示さない。窓の外の風の音や鳥の鳴き声さえもがこの瞬間完全に遮断されてしまったかのようだった。
「おや」
シェリスの声にはどこか芝居がかった驚きが含まれていた。まるで客人が最も基本的な礼儀を忘れているのを注意するかのように。彼女は相変わらずゆったりと席に座りその指先で軽くテーブルを叩いている。
「申し訳ない。言い忘れていた。先ほど諸君が慷慨にふけり他に気を配る暇もなかった間に、際に扉を閉めぬのは非常に礼儀を欠く行為だからな」
「な…いつの間に！？」
最初にテーブルを叩いたあの長老が弾かれたように振り返った。その皺だらけの顔には衝撃と困惑が満ちている。他の貴族たちも無駄な抵抗を止め疑いの眼差しで魔王を見ていた。
彼らは確信していた。彼女が部屋に入り席に着くまで、その視線は一瞬たりとも彼女から離れていなかったと。だが扉を閉めるその動きは？ ごく微かな魔法の揺らぎさえも彼らは感知していなかった。
シェリスは長老の驚愕の視線を受け止め、その瞳にはほとんど憐憫に近い嘲りが浮かんでいた。
「言ったはずだ。お前たちのような劣等種には私の動きは見えんと」
彼女がこの部屋に入ってきた時と同じように。彼女が扉を閉めた時の速度も当然これらのエルフの動体視力と反応能力の限界を遥かに超えていた。彼女は確かに扉の前まで歩き、扉を施錠し再び席へと戻ったのだ。ただその過程があまりにも速く、十万分の一秒にも満たなかっただけで。彼女が普通の速度で一言話す、その単語と単語の間の時間、息継ぎをするその時間だけで、彼女は半径十キロ以内のいかなる場所へも往復することができるのだ。
「劣等種」
その言葉がまるで熱した油に投じられた火の粉のように爆ぜた。貴族たちの顔は瞬時に土気色になり羞恥と憤怒が入り混じる。だが今怒りよりもさらに深い冷気がその背筋を駆け上っていた――音もなく扉を施錠し内外を遮断する。彼らのような魔法の素養が高いと自負するエルフでさえその痕跡を少しも感じ取ることができない…。目の前のこの女は、その実力想像を遥かに超えている！
「衛兵！ 衛兵！」
ある若い貴族がもはや耐えきれなくなり、窓辺へ駆け寄ると、魔法の水晶が嵌め込まれた窓枠を力任せに叩き嗄れた声で叫んだ。別の者はさらに直接的で重い樫の椅子を掴み上げると、あの見た目は脆そうな色鮮やかなガラスへと激しく叩きつけた。
ドン！
椅子は確かに窓に激突し重く鈍い音を立てた。だがそこには一本の亀裂さえも入っていない。ガラスの表面にはまるで目に見えない極めて強靭な薄い膜が張られているかのようで、全ての衝撃と音波を吸収し尽くしてしまっている。貴族たちは恐怖に気づいた。彼らがどれほど力任せに叩こうと体当たりしようと叫ぼうと、そして微弱な衝撃魔法を使おうと窓の外の世界は相変わらず死んだように静かなままだ。巡回兵の姿がすぐそこの回廊の下を通り過ぎていく。その距離は彼らの鎧の紋様さえも見えるほどに近い。だが彼らはこの目と鼻の先で巻き起こっている混乱と助けを求める叫びに、まるで気づいていないかのように何も聞こえていないかのように通り過ぎていく！
絶望の冷や汗が貴族たちの華美な衣服を濡らし始めていた。
「骨折り損だ」
シェリスの声には隠しようのない嘲りが宿っていた。彼女はさらにゆったりと座り直し、まるでこのエルフたちの無様な姿を楽しんでいるかのようだ。
「私がこの部屋に入った時点で、私自身の結界でこの空間ごと覆っておいた。お前たちの森全体を覆うあの巨大なものほどではないが、お前たちを閉じ込め、全ての音と視線を遮断するには十分すぎるほどだ。外の者にはお前たちの声も聞こえんし、ここで何が起きているのかも見えん。誰も助けには来んよ。お前たちの唯一の望みは、大人しく私の問いに答えることだけだ」
目に見えない牢獄は既に下ろされていた。氷のように冷たい現実がまるで頭から浴びせられた氷水のように、貴族たちの最後の僅かな希望を打ち砕いた。扉を叩く音や叫び声は次第に弱々しくなり、最終的に消え失せた。貴族たちは顔面蒼白になり、魂を抜かれたかのように重い足取りでよろめきながらそれぞれの席へと戻っていく。重い椅子が引かれる耳障りな音が今この瞬間、まるで絶望の哀歌のように聞こえる。評議会ホールにはただ荒く抑えつけられた喘ぎ声と時計の針の音だけが、まるで命のカウントダウンのように響いていた。
マータ公爵は深く息を吸い心頭を駆け巡る激しい動揺を必死に抑えつけた。彼はシェリスが先ほど自分に向けた視線にどこか特別な意味が含まれていたことに気づいていた――あの冷酷な魔王の身分とは不釣り合いなごく微かな親しみが。彼は自分の娘ソラのことを思い、そして先ほど魔王がソラを良い娘だと言っていたことを思い出した。一縷の僅かな希望が彼の胸に芽生える。あるいは…この微かな繋がりが今この瞬間唯一の突破口となるのかもしれない？
「魔王…いや魔王閣下…」
マータ公爵は席を立ち、その声は緊張にどこか乾いていた。彼はわずかに身を屈めその姿勢を極限まで低くした。
「どうか…どうか我々に許していただけないだろうか…。わずかな時間、内密に話し合うことを。何しろ貴女が求めることは我が一族の存続の根幹に関わること。我々には…少しばかりの時間が必要なのです」
その眼差しには懇願の色が浮かび、彼は慎重にシェリスの反応を窺っていた。
シェリスの視線が彼の上で止まり二秒ほど留まった。その眼差しは深くその意図は読めない。まるで本当に何かを考えているかのようだ。しばらくして彼女は何気なく手を一振りした。その態度はどこか気だるげで傲慢で、まるで恩恵を与えるかのようだった。
「好きにしろ。だが時間は誰も待ってはくれん。先ほどのお前たちの無駄な騒ぎで時間はかなり無駄になった。今お前たちに残されているのはあと八分間だけだ」
そう言うとシェリスは背後の時計を指さした。そこでは分針が確かに先より二目盛り進んでいた。
もはや一刻の猶予もない。許可を得たエルフの貴族たちは即座に、まるで溺れる者が最後の浮き木にしがみつくかのように素早く長テーブルの一角に集まり、体を前傾させ緊密で焦燥に満ちた小さな輪を作った。そして対策を練り始めた。
「あの魔王は本気だ！ あの結界、あの魔法弾…我々に賭けることなどできん！」
ある白髪の焦燥に満ちた顔の貴族が早口で囁き、その指は神経質にまだテーブルの表面を叩いている。
「あの秘密を話すのだ！ たとえ彼女があのことを知ったとしても即座に結界を解くことなどできはしまい…少なくとも何億という同胞が犠牲になるよりはましだ！」
「黙れ！」
即座に誰かが鋭く反論した。それは痩身でその眼差しは鷹のように鋭い長老だった。
「我々の誓いを忘れたか？ 歴代の先人たちが命を賭して守ってきたものが何なのかを忘れたか？ あの秘密が一度魔王の手に落ちればその結果は計り知れん！ 大陸全体が万劫末代の苦しみに陥るやもしれんのだぞ！ これは単に我々エルフ一族の存亡の問題ではない！」
その声は極力抑えられているが、その中に含まれる決意と怒りははっきりと聞き取れた。
「ならばどうすると言うのだ！？」
焦燥に満ちた貴族が弾かれたように顔を上げた。その目は絶望に充血しその声も高くなっていた。
「魔法弾は我々の頭上にあるのだぞ！ 八分間だ！ 八分後には森の半分が消え失せる！ お前の誓いが魔王の魔法を防げるのか？ 森で遊んでいる子供たちを守れるのか！？」
問い質された長老は瞬時に言葉を失い、その顔は赤く染まり、その唇は震えているが一言も発することができない。固く握りしめられたその拳の関節は白くなっていた。その体は激しい感情に微かに震えている。
そうだ、どうするというのだ？ 抵抗する？ 何で？ 犠牲？ 一族の半分の命、数え切れぬ女子供の嘆き悲しむ声…。その代償はあまりにも重く、彼に呼吸さえも許さない。
巨大な無力感と深い屈辱感がまるで二つの氷のように冷たい手となって、その場にいる一人一人のエルフ貴族の喉を固く扼（やく）していた。長テーブルのそばは息が詰まるほどの死の静寂に陥り、ただ荒い呼吸と心臓の鼓動だけが響き渡っている。絶望がまるで実体を伴う濃い霧のように、隅々まで瀰漫し、人々を圧迫し息苦しくさせている。貴族たちは互いに視線を交わしそこに見えるのは同じ茫然自失と恐怖だけだった。
「ちっ」
シェリスの気だるげな声が死の静寂を破った。そこにはどこか苛立ちと嘲りが含まれている。
「諸君、時間は貴重だ。その力を思考に使うことを勧めるがな。内輪揉めに浪費するのではなく。お前たちがどれほど激しく争おうと、十分が過ぎれば、お前たちが答えを拒否しようと結論が出まいと結果は同じだ。喧嘩をやめ、冷静に話し合うことだ。お前たち自身のため、そしてお前たちが守りたい、あの弱い者たちのためにもな」
「弱い者」
その三文字がまるで毒を塗られた針のように、的確にエルフ貴族たちの心の最も柔らかく、そして決して触れてはならない場所に突き刺さった――森の中で無邪気に何も知らずに、大禍が迫っていることさえ知らずに遊んでいる子供たちのことだ。
マータ公爵は苦痛に目を閉じた。まるで娘のソラが幼い頃月下の花畑で走り笑っていたその姿が見えるかのようだ。別の長老は自分が今朝産着の中の新生児に与えた祝福のことを思い出していた…。魔王の言葉は確かに毒々しい。だがそれはまるで一掬いの氷水のように、貴族たちの無意味な争いの火を消し去り、そこにはただ氷のように冷たく決して目を背けることのできない残酷な現実だけが残されていた。
短い沈黙の後、貴族たちは無理やり心頭の激しい動揺を抑えつけ再び輪を作った。今度はその雰囲気は恐ろしいほどに重苦しい。だが争いは消えていた。一人一人が固く眉を顰め必死に絶望の泥沼の中から一縷の希望を見つけ出そうとしていた。
この息が詰まるほどの沈黙の中でずっと隅に座り、比較的冷静に見えた若い貴族が不意に顔を上げた。彼の名はエルラン。魔法陣の研究で名を馳せている。その眼差しは鋭くシェリスの頭上のあの魔法弾によって開けられた穴に注がれ、その眉は固く顰められまるで何かを高速で計算しているかのようだ。
「待て」
エルランの声は大きくはない。だがそれはまるで静まり返った水面に投じられた石のように瞬時に全ての視線を引きつけた。
「一つ疑問がある」
彼はあの魔法弾が残した穴を指さした。
「魔王閣下、貴女はそれがエルフの森の半分を破壊すると言った。その威力恐るべきもの…。ならばそれが最終的に落下し爆発する時、貴女自身はどうする？」
評議会ホールの中の全ての視線が瞬時にエルランの上に集中した。そこにはどこか茫然とした期待が含まれている。
エルランは深く息を吸い、その口調は早くなり、その思考もますます明晰になっていく。
「これほどの規模の爆発、その衝撃波とエネルギーの拡散範囲は必然的に破壊の核心区域を遥かに超えるはずだ。つまりそれが地面に落ち爆発するその瞬間に貴女自身も爆発の範囲内にいることになる！ たとえ貴女が瞬時に千里を移動する神通力を持っていようと、エルフの森の土地は非常に広大だ。爆発の核心から森の端までの距離を貴女がたとえ一秒のうちに越えることも難しいだろう！ ましてや爆発のエネルギーの放出は瞬時に拡散するのだ。貴女は爆発の波が貴女に触れる前に完全にその殺傷範囲から脱出できると保証できるのか？」
彼は言うほどに興奮し、まるで重要な一本の藁を掴んだかのようだった。
「それは論理に合わん！ もし…もし貴女が自身の安全を全く気にしていないというのでなければ？ あるいは…このいわゆる魔法弾、その威力は貴女によって誇張されているのではないのか？ これは単なる虚勢を張った脅しに過ぎないのでは？」
「虚勢？」
その言葉がまるで乾いた薪の山に飛び散った火の粉のようだった。
「そうだ！ 道理に合っている！」
別の貴族が即座に興奮して同調した。まるで溺れる者が浮き木を掴んだかのようだ。
「どうして彼女が自分自身をこれほど危険な状況に置くことができる？ これはきっと偽物だ！ 我々を脅すための手段だ！」
「そうだ！ 狡猾な魔族め！ 我々はもう少しで彼女に騙されるところだった！」
「魔王がどうした？ 故郷と民を守るためなら死など恐れるに足らん！」
ある髭と髪を逆立てた長老が弾かれたように立ち上がると、その手を剣の柄にかけその眼差しは灼熱の光を放ちシェリスを睨みつけた。
「エルフの気骨を貴様のような魔物に汚されてたまるか！ 我々数人殺すも煮るも好きにするがいい！ だが我々を屈服させ守ってきた秘密を渡そうなどと思うな！」
「そうだ！ 思うな！」
「玉となって砕くとも、瓦となって全からじ！」
絶望的な雰囲気がまるで石を投じられた氷の表面のように、瞬時にどこか悲壮な団結心に取って代わられた。全ての貴族がそれまでいかなる意見を持っていようと、今この瞬間、まるで中心となる人物を見つけ出したかのように、一斉にその矛先を足を組んでいるシェリスに向けた。彼らは背筋を伸ばし、その顔には再びエルフ特有の高慢と決意が入り混じった表情が浮かんでいる。まるでエルランの疑念が彼らの崩壊寸前の意志に一本の強心剤を注入したかのようだ。犠牲？ 構わない！ だが彼らを欺瞞と脅迫の下で屈服させようなどと？ 断じてあり得ない！
マータ公爵は群衆の激しい感情を見つめ、その眉はさらに固く顰められた。彼は他の者たちのように一緒に魔王を疑うことはない。だがエルランの言葉には確かに道理がある。彼は黙って魔王の反応を観察していた。その真意を探ろうとしていた。
「はっ」
氷のように冷たいせせら笑いが、まるで極地の寒風のようにホールを吹き抜け、瞬時に全ての激昂した声を凍てつかせた。
ガタン
シェリスが激しく立ち上がった。
その動きはあまりにも速く、視覚が捉える限界を超えていた。前の瞬まで気だるげに椅子の背に寄りかかっていた、その次の瞬間、彼女はまるで幽霊のようにその体を真っ直ぐに伸ばしていた。立ち上がる際に生じた強烈な気流が背後の背もたれの高い椅子に激突し、重い無垢材の椅子は耐えきれないという呻き声を上げ後ろへとひっくり返り、硬い床に叩きつけられ砕け散った木片が四方へと飛び散った。
あの元々嘲りの笑みを浮かべていた絶世の顔立ちは今この瞬間、暴怒によって歪んでいる。白い肌の下、青い筋がまるで毒蛇のように蜿蜒（えんえん）と浮かび上がり、額から細い首筋まで伸びている。その歯は固く食いしばられ、聞く者に歯が酸っぱくなるような「ギリギリ」という音を立てている。あの底知れぬ瞳は、今この瞬間万物を焼き尽くすほどの怒りの炎に燃え、固くエルフの貴族たちの上に突き刺さっていた。
「調子に乗るな！下等生物が！」
ドン――！
形容しがたい恐るべき威圧が、まるで目に見えない津波のようにシェリスを中心に轟然と爆発した。それは魔法ではない。粘稠で氷のように冷たく破壊の意志に満ちた紫色の闘気が、まるで実体を伴う炎のように、瞬時に彼女の周りに燃え上がり、凝縮し、荒れ狂うエネルギーのマントと化した！
だが、その「マント」は止まらない。それは狂ったように四方の空間へと蔓延し、侵食していく。空気が耐えきれないという悲鳴を上げた。 光線が闘気に覆われた範囲内で狂ったように歪められ、引き裂かれていく。
シェリスの周りの空間が、まるで目に見えない巨人の手にもみくちゃにされたキャンバスのように奇怪な様相を呈している。 はっきりとした光景は砕け散りテーブルも、椅子も、壁も、そしてシェリス自身の姿さえもが、抽象的で獰猛な色の塊と線と化し、狂ったように回転し、引き伸ばされ、変形していく！。
まるで世界の終わりの前に、世界の法則が無理やり引き裂かれたかのような恐るべき光景！
ピシッ！ バキッ！
彼女の足元の貴重な木の床が、まるで目に見えない重い槌に打ち据えられたかのように、蜘蛛の巣状の亀裂が瞬時に走り炸裂した！ 彼女の目の前のあの古い巨木から彫り出された長テーブル、その表面が苦痛の呻き声を上げ一本また一本と深い亀裂が走り、木の粉がぱらぱらと落ちていく！ 評議会ホール全体が彼女の暴怒の威圧の下でがたがたと震えている。
「私がお前たちに選択権を与えたのは、お前たちのような虫けらに私と取引をする資格があると思ったからではない！ ただ私がお前たちが絶望と恐怖の中でもがき苦しみ歪むその哀れな様を見たかっただけだ！ それは私が退屈な時に時間を潰すための気晴らしだ！」
彼女が前へ一歩踏み出し、足元の床が音を立てて砕け陥没した。あの荒れ狂う闘気のマントが激しく燃え上がり、ほとんど評議会ホールの高い穹窿に届きそうになり、空間の歪みはさらに激しくなり、聞く者の胆を寒からしめる引き裂かれるような音を立てた。
「お前たちはその慈悲に感謝するどころかこの私魔王に戯言を抜かすか！？ なるほど、十分の猶予、森の半分の代償では、まだお前たちのような下賤の者どもに自分の立場を理解させるには足りなかったと見えるな！？」
彼女の声は甲高く、耳障りな域に達し、その声には冒涜されたことへの狂乱の怒りが満ちている。彼女は手を上げその指先に絡みつく闘気が、瞬時に狂暴になった。
「まさか、貴様らは私が今すぐ、それを爆発させることを望んでいるのか？ 半分ではない。このエルフの森全体を、あの森の中で笑い走り回っている貴様らの同胞どもと一緒に、この世界から完全に消し去ることを！？ んん！？」
「消し去る」
そのことばが口から出た瞬間、あの破壊的な闘気がまるで火をつけられた火薬樽のように、轟然と評議会ホール全体へと押し寄せてきた。もはや彼女の周りだけの歪みではない。まるで実体を伴う硫黄と血の匂いを帯びた壁となって、津波のように一人一人のエルフへと襲いかかってきた。
「ぐっ…ぁ……」
マータ公爵の背後で護衛していた、エルフの戦士、そしてソラの護衛隊長――その体格は魁偉でその顔には数条の深い戦いの傷跡が刻まれ、その眼差しは鷹のように鋭い老兵――その喉から苦痛に満ちた抑えつけられた呻き声が漏れた。豆粒ほどの冷や汗が瞬時に彼の額からこめかみから狂ったように湧き出し、剛毅な頬を伝い落ち冷たい床に叩きつけられた。彼の身につけていた軽鎧がまるで目に見えない巨人の手に鷲掴みにされたかのように微かに「ギシギシ」という音を立てている。
この数え切れぬほどの生死の境を経験し、死体の山、血の海の中から這い上がってきた元エルフ王国騎士団の精鋭が、今この瞬間、全身の筋肉を制御不能に震わせている。彼は戦場で山と積まれた死体も見た。天を覆い尽くす巨竜の竜威も感じた。そして仲間と九死に一生を得て、あの魔王軍の凶悪さで知られる首席大将軍の手から逃れたことさえある…。彼は自分はとっくにこの世の最も深い恐怖を見たと思っていた。
だが今、この瞬間、彼は自分がいかに間違っていたのかを思い知らされた。
目の前のこの魔王を名乗る女が放つ闘気と、あのまるで実体を伴うかのように粘稠でほとんど血液を凍てつかせるほどの殺気は、純粋で究極の破壊の意志。 彼がその生涯で遭遇した全ての恐るべき存在を足し合わせても、その万分の一にも満たない、絶望の深淵！ あの荒れ狂う紫色の闘気、あの歪み引き裂かれる空間の光景、その全てが一つ氷のように冷たい事実を示している。この力は決してこの世のものではない！、それは天地を超え、いかなる常識の上にも君臨している！
「こ…公爵様…！」
護衛隊長の声は紙やすりで擦るかのように乾ききり、その一言一言が瀕死の震えを帯びている。彼は全身の力を振り絞り、ようやくその魂を押し潰さんばかりの威圧に抗い、困難に半歩前へと進み、マータ公爵の前にわずかに身を乗り出した。たとえこの微々たる抵抗が魔王の力の前にいかに滑稽に見えようとも。彼は首を横に振り充血し極度の恐怖に満ちた目で固くマータ公爵を見つめ、その声は歯の間から絞り出された叫びだった。
「し…信じてください！！ 彼女は本物です！ 彼女こそが魔王！！」
彼は弾かれたように顔を上げ絶望的にあの空間が歪む中心を見つめ、その声は極度の恐怖によって歪み裏返っていた。
「か…彼女がその気になれば…エルフの森どころか…世界全体を滅ぼすことさえ…た、たやすいこと！！！ ただ森の半分を破壊する威力など…彼女の服の埃を払うにも足りないでしょう！ だからこそ彼女はここにいるのですぞ！」
最後の数文字は彼がほとんど叫び出した血を吐くような絶望だった。
「どうか皆様…これ以上彼女を怒らせないでください！！ さもなくば…さもなくば今夜こそが…エルフの森の…我々の最期となりますぞ――！！！！」
